痛みのケアの変遷

痛みのケアの
過去と未来

過去の痛みのケア

1980年代後半頃まで新生児は痛みを感じない・感じにくいと考えられ、手術でさえ十分な麻酔が実施されない状態でした1)。またNICUにおけるストレスや痛みが早産児の神経行動発達に及ぼす影響についても検討が十分でなく、ディベロプメンタルケアの概念も普及していなかったため、新生児の痛みのケアの重要性や必要性は認識されていませんでした。

痛みのケアの重要性が認識されたエビデンス

1988年に麻酔科医のAnand先生らがランダム化比較臨床試験で手術中に十分な麻酔を実施した群の新生児の方が術中・術後のストレスホルモンの血中濃度が低く、術後の敗血症、壊死性腸炎、代謝性アシドーシスなどの発生頻度、死亡率が有意に低かったことを報告2),3)しました。これにより新生児が痛みを受けることの影響の深刻さが認識され始めました。その頃、早産児の後遺症なき生存にも関心が高まりつつあり、ディベロプメンタルケアという概念も出始めました。

新生児が痛みを感じないと思われていたのはなぜ?

新生児は自分でどれだけ痛いかを言葉で表現できません。特に早産児は痛みに無反応の時があります。ただし処置時に無反応であっても痛みの刺激は脳に伝わっていると考えられます。近赤外分光法を用いた研究で、採血時に無表情な早産児でも体性感覚野で痛みの反応が確認されています4)。fMRを使った研究5)では、痛みを加えたときに新生児も大人と同じ脳の領域が活発になったり、チクチク刺すかすかな痛みに対しても、その4倍の痛みを与えた大人と同様の反応を示すことが判明しました。つまり新生児の方が大人よりも痛みを感じやすいと考えられます。現在の知見では、新生児は大人よりも痛みに敏感であり、30年前と正反対の考え方です。また採血の時に無表情の早産児でも脳に痛み刺激が確実に伝わっているということなので、繰り返し痛みを経験することの影響が心配です。また、これまでの研究から新生児期に経験した痛みはその後の脳構造や機能、神経発達、ストレス反応、痛みの反応に影響を及ぼす可能性が示唆されています6)

現在の痛みのケア

医療者の責務としての新生児の権利擁護、発達予後への影響の懸念から、2000年以降、日本も含めて多数の国でNICUに入院する新生児の痛みのガイドラインが発行されています。今や医療者は、最新の知識に基づいてNICUに入院する新生児の痛みの予防や緩和をすることが求められています。痛みの予防やケアは、医師だけ、看護師だけで実施できるものではなく、医師と看護師の協働により実現できます。協働することは医療を提供していく上で結果的に効率的でもあり、病棟内の多職種で痛みの予防やケアに関する意思疎通が大切です。また、日本のNICUに子どもが入院している母親101名を対象に行った調査7)では、わが子を痛みから護るための対処として「医療者は最新の知識を持って新生児の痛みのケアを行わなければならない」という項目に対して「そう思う」程度を1~7の7段階で回答を得たところ、6.5±1.1(平均値±標準偏差)という高い程度でした。さらに、痛みを伴う処置が行われる場合、わが子のそばに付き添っていたいか?という問いに対して約8割の母親がわが子の痛みを何らかの形で緩和することに参加したいことが明らかとなっています。近年、親が新生児の痛みのケアに参加することの良い影響が確認されつつあります8),9)。NICUに入院する新生児に最善の利益をもたらすよう、どのように痛みの予防やケアを具現化していくか、臨床現場で取り組みが模索されています。

今後の痛みのケア

現在発行されている「NICUに入院する新生児の痛みのケアガイドライン」は皮膚穿刺などの急性痛を対象としていますが、国際的には「持続痛」「慢性疼痛」の予防や緩和の必要性の認識が高まっています10)。新生児の「持続痛」や「慢性疼痛」の明確な定義はありませんが、これをテーマとしたプロジェクトや研究が盛んになることが期待されます。具体的には、持続痛や慢性疼痛を測定するためのより客観的な方法の開発、術後痛、薬理的緩和法に関する研究などです。
また、NICUに限らずわが国の医療全体において、痛みのケアが医療の質向上において重要であることの認識が高まることが予想されます。医療安全のように、痛みのケアもわが国の標準医療として病院全体で取り組まれる日が来るのではないでしょうか。

文献

  • Anand KJ, et al. Pain and its effects in the human neonate and fetus. N Engl J Med. 317(21), 1987, 1321-9.
  • Anand KJ, et al. Does halothane anaesthesia decrease the metabolic and endocrine stress responses of newborn infants undergoing operation?. Br Med J. 296(6623), 1988, 668-672.
  • Anand KJ, et al. Halothane-morphine compared with high-dose sufentanil for anesthesia and postoperative analgesia in neonatal cardiac surgery. N Engl J Med. 326, 1992, 1-9.
  • Slater R, et al. How well do clinical pain assessment tools reflect pain in infants?. PLoS Med. 5(6), 2008, e129.
  • University of OXFORD. Babies fell pain ‘like adults’. News & Events. http://www.ox.ac.uk/news/2015-04-21-babies-feel-pain-adults (accessed August 27, 2019).
  • Grunau RE. Neonatal pain in very preterm infants: long-term effects on brain, neurodevelopment and pain reactivity. Rambam Maimonides Med J. 4(4) 2013, e0025.
  • 横尾京子, ほか. NICUにおけるわが子の痛み体験とケア参加に関する母親の認識.日本新生児看護学会誌. 22(1), 2016, 20-26.
  • NYU Langone Medical Center / New York University School of Medicine. “Mother’s soothing presence makes pain go away, changes gene activity in infant brain.” ScienceDaily. http://www.sciencedaily.com/releases/2014/11/141118125432.htm (accessed August 27,2019).
  • Filippa M, et al. Pain, Parental Involvement, and Oxytocin in the Neonatal Intensive Care Unit. Front Psychol. 10, 2019; 715.
  • van Ganzewinkel CJ, et al. We need to change how we deal with continuous pain in neonates. Acta Paediatr. 106(8), 2017, 1212-1214.